〜アメリカでエナジック財団、創設 ! 事業と社会貢献の両立で大城が描く未来像〜
前号では地元への貢献策として、地元山原産ウコンを活用したサプリメントの製品化に乗り出したことを紹介した。だが大城の取り組みはウコン工場にとどまることはなく、さらに広がりを見せた。その一つが社会人野球への進出だろう。

社会人野球に進出!
2008年10月、大城は沖縄で記者会見をおこない、エナジック硬式野球部(現・エナジックインターナショナル硬式野球部)の設立と社会人野球への参加を発表したのである。大城はそこで「沖縄出身者として地元のために何ができるかを考え、野球を通じて青少年に大きな夢を与えたいと思って決断した」と、設立の理由を述べた。
社会人野球は企業チームとクラブチームともに競うが、沖縄ではエナジックが沖縄電力に続き2番目の企業チームとなった。目標は「全国大会へ!」である。具体的には8月の「都市対抗」(東京ドーム)あるいは11月の「日本選手権」(大阪・京セラドーム)への出場で、そのためには県内のほかのクラブチームも含めた沖縄予選を勝ち抜いて九州予選にコマを進め、さらにそこを突破する必要がある。これまで残念ながら一度も全国の場を踏んでいないが、選手・スタッフ一同は日々、熱心に練習に取り組んでいる。
そのほかエナジック初のサービス部門への進出とされているが、2010年4月「天然アロマ」のグループ化だろう。もともと農協が保持し、低迷していた同温泉の経営の肩代わりを行ったのだが、以来、さまざまなリニューアル策を講じて現在に至っている。
最大の危機は「行政処分」
大城がエナジック50年の歴史を振り返って「最大の危機だった」という事態が生じたのは、天然アロマ買収と同じ4月のことだった。消費者庁がエナジックに対し、9か月間の一部新規業務の停止処分を下したのである。ごく一部の販売店によるコンプライアンス違反にもかかわらず、会社が処分を受ける、という不条理な対応にも思えたが、これを受けエナジックはそれまで以上にコンプライアンスの強化に乗り出した。
具体的にはエナジック販売店情報誌『E Friends』(現『Global E Friends』)で専門家によるコンプライアンスシリーズの連載を始めたり、関連セミナーを実施したりと、法令順守の重要性をさまざまな手段で各方面に徹底していった。処分以来、2024年で14年目になるが、この間、コンプライアンス意識は劇的に向上し、問題は何ら生じていない。
それにしても処分期間中の売り上げは激減し、国内の新規ビジネスはほとん息の根を止められたかのようだった。これを救ったのが海外の事業展開だった。2003年の「グローバル元年」以来、7年の間にアメリカを筆頭に、台湾、香港、カナダ、メキシコ、ドイツ(エナジックEU)と国外の支店網を拡大し、売上高も日本国内をはるかに凌駕し増えていった。2003年当時、反対や疑問の声があがっていた海外進出だったが、いまや国内に販売ーーいやエナジック自体の窮地を救う助け舟となったのである。改めて大城の先見性が見直されたのだった。

東日本大震災を乗り越えて
その後の危機と言えば、2011年3月11日の東日本大震災の発生だろう。東北地方は巨大地震による甚大な被害を受け、さらに福島県では東京電力の福島第一原発が炉心溶融(メルトダウン)という重大事故を起こしてしまった。そこで東北地方の販売店の安否が気遣われ、エナジックは「被災販売店支援対策本部」を設けてさまざまな手段で確認と支援活動をおこなった。
さらに福島からの他県の学校などの緊急避難先に身を寄せている販売店もいるため、エナジックは当該避難先を中心に、還元水入りボトル12万本を7カ所の被災先に寄贈した。当時、『E Friends』が激励メッセージを募ったところ、海外の販売店から心温まる励ましの言葉が多数届き、その一部は同誌4月号と5月号に「がんばろう!ニッポン」というタイトルで掲載された。大城も「心を一つに困難を乗り越えよう!」と題するメッセージを寄せた。

世界的に認知された還元水
2011年は、日本特許庁がエナジックの販売管理システムをビジネスモデル特許に認定した年でもあった。これが5月で、引き続き8月には、米国水質協会(WQA)がレベラックシリーズを電解水生成器として世界初のゴールドシールに認定した。さらに11月には、米特許庁が「KANGENWATER」のトレードマークの独占使用権を認定した。
2011年はエナジックのビジネスモデルと還元ウォーターが世界的な認知を受けた年ともいえるだろう。
そして、エナジックは2014年に設立40周年の節目の年を迎えた。この年、世界18か国に25の拠点を置き、116か国2地域にレベラックシリーズが輸出されるまでにグローバル化は進展した。6月には創立40周年記念グローバルコンベンションを沖縄・宜野湾市のコンベンションセンターで開催した。会場は1500人で埋まった。

大城が「M&A」を進める理由
一方で大城は着々と地元振興策としての各社・各団体のグループ化(M&A=合併と買収)を推し進めていった。そしてその分野も増やしていった。たとえば2012年4月1日、大城は「世界に羽ばたくゴルファーを」という目標を掲げて、「エナジック・ゴルフアカデミー」を開講した。エナジック瀬嵩カントリークラブという18コースのゴルフ場を活用できる特典もあり、多くの生徒が入校した。ここから巣立ってプロテストに受かったゴルファーはすでに4人を数える。
同年7月には、大城と八重子の母校である名護市瀬嵩の旧久志小学校舎に」名護市の認可得てエナジック教育福祉財団を設立した。目的は、①地域社会の文化の涵養、②地域住民の健康と体力の増進、③地域の農業および農産業の活性化と振興などである。これ以降、大城は教育関連の施設・団体の設立に情熱を燃やすことにる。それはスポーツ分野とのコラボレーションの形をとることが多かった。
現にゴルフ以外でも、エナジック卓球アカデミー、エナジックボウリングアカデミーを設立した。ついには、2021年4月、エナジックスポーツ高等学院の設立に至ったのは周知のとおりだ。現在、野球部とゴルフ部があり、大城は、「健全な心身を持った世界に翔くアスリートの育成」という大きな目標を掲げている。
さらに教育関係でエポックメーキングとなったのは、2022年2月に「学校法人 大城学園」が県の設立認可を得たことだろう。これによりエナジックスポーツ高等学院とこばと幼稚園が大城学園傘下となった。これからも大城は教育分野でいろいろな取り組みをしていくはずだ。教育分野以外でもグループ化する企業・団体は増えていった。

地域振興と企業救済を推進
2014年から順に、社会福祉法人・水寿会、沖縄オリエンタルホテル、エナジックボウル美浜、車海老養殖場と続き、19年からは京都屋、ホテル山市、具志川ゴルフクラブ、スポーツワールドサザンヒル、ベスト電器長田店、社会福祉法人・ふくぎ会と続いた。それらをあえて分類すれば、福祉部門、スポーツ部門、教育部門、サービス部門、農水産部門などにわかれるだろう。
大城によると、グループ化した企業・団体のうち7割は「持ち込まれた案件」という。率直に言って経営に行き詰って「支援」を求めてきたケースが多いということだ。そういう案件への不安を感じないのだろうか。大城は「たしかに資金繰りに困って買ってほしいと言ってくる会社は多い。しかし何もしなければ潰れて失業者が出てしまう。そこを救ってあげることで何年か後に返ってくるものがあるはず。還元水を飲むだろうし。すべて人がベースだ」と言った。大城が沖縄県でM&Aを繰り広げる要因は、地域振興と企業救済による地元還元のためと言えるのだろう。
途上国への進出を加速
他方、グローバル化は変わらず進展していった。その特徴は途上国への進出といえるだろう。最近では「グローバルサウス」とも呼ばれ、著しい経済成長と政治的発言力の向上によって存在感を増している。そういう国々へとエナジックビジネスは広まっているのである。皮切りは2010年のフィリピン進出と思われるが、以後、シンガポール(12年)、マレーシア(同年)、インドネシア(13年)、ブラジル(同年)、タイ(同年)、モンゴル(14年)、そしてインド(16年)と続いた。中でもインドは、ベンガルール(旧バンガロール)の支店に限らず、テランガーナ州ハイデラバード市とグジャラート州スートラ市にサービスセンターを開設するまでに成長した。実際、新6Aリストを見ると、インドはアメリカと双璧をなすほど昇格者数が多い。
大城によると、インドの累計販売台数はアメリカ、EUに次ぐ3位で30万台に達するという。ちなみにエナジックジネスの最古の歴史を持つ日本は20万台ほどというから、進出10年に満たないインドの成長度は極めて高い。その要因について、大城は「インドやベトナム、フィリピンのように所得の低い人が多い国で台数がよく伸びるのは(エナジックビジネスが)人生逆転のチャンスと捉えられているからではないか」と見ている。その勢いは引き続き、中東ドバイ(アラブ首長国連邦ドバイ首長国)には2017年に進出し、アフリカ・ナイジェリアには22年、トルコとカンボジアには23年に拠点を作った。
こうしていまや、エナジックはアジア・北南米・欧州・中東・アフリカ――つまりは全世界のマーケットを対象にしたビジネスを展開する世界企業に成長したのである。それにしても、もし海外進出に失敗したら、という懸念はなかったのか。大城は「博打ではなく、それぞれの国で組織作りをきちんとおこなえば失敗のしようがない」と答えた。ビジネスのノウハウに裏打ちされた自信があったのだ。また、海外志向の強さについては「ウチナーンチュであったことが良かったと思う。小さい島から世界市場を大きく見て、海外へ打って出ようという意識が強まった」と説明をしていた。

大城エナジックの未来像
レベラックシリーズはいまや何と220カ国に輸出され、累計販売数は210万台に達した。ちなみに国連加盟国数は193で、FIFA(国際サッカー連盟)には211カ国が加盟しているが、輸出先はそれよりも多い。また26カ国に43カ所の拠点を構えるに至っている。沖縄のグループ各社をすべて合わせると1,400億円ほどの売り上げになり、累計では1兆円を超えるという。この飛躍的な発展をもたらすのに貢献したのは、もちろん世界中の数多くの販売店と社員だ。大城は感謝の念を忘れない。
いずれにしろますます強まる地元への貢献と、止むことなく拡大する海 外 進 出 。エナジックは、究 極 のローカリズムと先鋭なグローバリズムを併せ持つ集団である。これまで大城の個人史とエナジックの社史を渾然一体に描いてきたが、最後に大城の夢と希望について触れておこう。現在、大城はアメリカの連邦機関が設立を認めたエナジック財団(Enagic Foundation)の運営に力を入れている。
事業と地域貢献を共に推進!
「地域社会の改善、リスクのある子供たちの教育支援、飢饉や災害救援活動への支援など」を目的に設立された財団だが、大城は「200万を超えるエナジック販売店(会員)は今後も増えるし、財団はそういう人たちの寄付の受け皿になる。そしてこの財団を通じて社会に還元をおこなっていく」と将来を語った。さらに財団による最終的な社会貢献として「米国に大学を作り、できれば瀬嵩にその分校を作りたい」という。エナジック発祥の“聖地”瀬嵩には現在もエナジック関連の施設・企業・学校等が集積している。大城はこの瀬嵩をさらに豊かで総合的な「エナジック村」に育てたい、という希望(野望?)があるのだ。
合わせて、「還元水に次ぐ商品を生み出して、いずれは販売店を対象にした経済圏を作り、独自の“8ポイントプログラム”に則って多様な商品を流通させていく。それにより[身体・経済・心の三つの健康]を実現していきたい」という願いも語っていた。ビジネスと地域社会への貢献という2本柱の構築と強化・発展こそ、大城エナジックが描く、これからの50年の未来像なのだろう。


エナジック50周年記念誌に「半世紀の物語(全10話)」が掲載されています。
各支店またはエナジック オンラインショップ(EOS)からご購入いただけます。
販売価格:¥2,500(税込)