目標は年内の6 A 2 – 3達成!仲間と一緒にハッピーに!

ヒルタ・マリー・シェラ・ピノ(6A2-2/東京都)

 彼女のフルネームは上記のとおり、ヒルタ・マリー・シェラ・ピノだが、ここでは通称のミシェルさんと呼ばせていただく。彼女はフィリピン中部のセブ島の出身。セブ島といえば、豊かな自然環境と各種マリンスポーツなどを堪能できる観光地として世界的に有名だ。同時に、メトロ・マニラに次ぐフィリピン第2の大都市圏「メトロ・セブ」が置かれ、国際空港や輸出加工区などを持つ開発先進地でもある。

 そんな島からミシェルさんは、1981年にタレントとして日本へ渡った。ちょうど80年代に入って、フィリピンからの「エンターテイナー」(主に女性)の出稼ぎブームが起きたが、ミシェルさんはその「第一世代」とでもいえるのだろう。訪日の理由はセブ島の家族・親族の生活を支えるためである。

 これまで同様の目的で多くのフィリピン人女性が日本へやって来た。そして日本人と結婚する例も少なくなかった。ミシェルさんも日本人男性と結婚し、一男一女をもうけた。二人とも成人し、長女は日本で結婚し働いている。長男はセブ島で学ぶ大学生だが、「コロナ禍」のあおりで、日本でオンラインの授業を受けているという。

 ミシェルさんはほぼ10年間、タレントとして活動したが、結婚を機に引退。それ以降、いくつかの仕事を経験し、2016年、ついに還元ウオーターとエナジックに出合ったのである。

■夢は果たすとさらに膨らむ

 ある日、同じ在日フィリピン人の友人の女性から還元ウオーター情報が入った。詳しく知るほど、その素晴らしさに納得がいった。さらに気持ちが大きく動いたのは、そのビジネスプランを知った折りだった。

 「わたしは還元ウオーターが身体の健康に良いと確信しましたし、また、将来の経済の健康を良くする糧にもなると信じることができました。エナジックのシステムは非常に洗練されていて、優れたものと感じたのです」

沖縄グローバルコンベンションで6A認定証を授与される(2018年)

 ここから彼女のエナジックビジネスはスタートした。具体的には日本在住の同胞を主なターゲットに、エナジック情報の伝達を開始した。まずは還元ウオーターの素晴らしさを伝え、興味を持った人にビジネスプランを説明する、という方法で「情けの和」を広めていった。そのさい注意したのは「相手の話をよく聞くことです」とミシェルさんはいう。

 なぜなら「先方の興味対象を把握し、適切な対応ができるから」という。そんなノウハウを駆使し、2018年にとうとう6Aに到達した。この時、彼女は「6A昇格は販売店にとって夢です。でも達成したら夢はどんどん膨らんでいきました」という。実際、より意欲的になったことから、1年後には6A2に到達。さらに、この度の6A2-2到達へと上昇していったのだった。

 ■SNSで「コロナ禍」を克服

大城会長から授与された6A2認定証(2019年)

 6A2-2に昇格するまでの間は、「コロナ禍」に襲われた期間と相当程度重なっている。さぞたいへんだったのでは、と問うと、「SNSを駆使して活動していましたから、さほど困難ではありませんでした」とあっさり言ってのけた。たとえばチャットでテレビ電話をしながら、スマホで別の人と話す、というようにフル活用していたという。もちろん、時々は適度なディスタンスを保ちながら、少人数のセミナーや個別面談もおこない活動を持続させていた。

 ミシェルさんの直近の目標は、今年中に6A2-3に達すること。そのための構想を聞くと、「ダウンラインの人たちをより高い地点に到達させることが大切です。ダウン一人ひとりの目標は、わたし自身の目標でもあると思っています」と答え、次のように続けた。

 「わたしはダウンラインの人たちと一緒に幸せになりたいのです。そして、みんなが前向きで楽観的である限り、未来への道は拓かれていると思います」。いまもセブ島の親戚・縁者の生活を支え続けるミシェルさんは、根っからのオプティミストなのである。

6A2到達時に東京支店で仲間から祝福される(2019年)
仲間と共に参加した還元フーズ見学会(中央のキャップ姿がミシェルさん)