鳴海 剛(東京都)

もともと「鳴海剛」は芸名で、本名は渡邉正剛(まさたけ)さんという。ここでは芸名を使わせていただく。
「エナジックのスピーカーになってほしい!」―。これが鳴海さんに販売店登録を決意させるさいの“決め台詞”だった。発したのは鳴海さんの直上ランクの菊田康彦さん(6A)である。本誌2月号のこの欄に出ていただいた販売店だが、以前からの知り合いだった菊田さんの誘いに応じて、鳴海さんは販売店となったのだ。そしてそのタイミングは、いま思えば“絶妙”だった。
鳴海さんが登録をしたのは昨年3月26日。すでに「コロナ禍」が本格化し、4月7日には東京など7都府県に「緊急事態宣言」が発出された。そのころ、鳴海さんの本業は壊滅的打撃を受けていたのだった。本業とは、俳優とキャスティング業である。
185センチの長身と彫りの深い容貌を生かし、20代でモデル・俳優としてデビュー。以来、鳴海さんはテレビ・映画・コマーシャルなどで幅広く活躍してきた。出演リストを見ると、テレビドラマでは、『相棒』『駅弁刑事・神保徳之助』『仮面ライダーカブト』などズラリと並び、映画では『力道山』『嫌われ松子の一生』等々で演じている。写真を見て「そういえばテレビ(映画、CM)で見たことあるな」と気づく人もいるのではないか。

■危機的状況下でエナジックを知る!
鳴海さんは芸能プロに所属する俳優業にとどまらず、広い人脈を生かし、1999年には(有)ゴーイングという、CMやテレビ・映画・各種イベントなどに演者らを斡旋するキャスティング会社を設立した。キャスティングは、映画等の制作できわめて重要な役割を果たす仕事。
鳴海さんはその会社の経営者としても頑張ってきたが、コロナ禍で「壊滅しました」という。たとえば、ある駅ビルで1年間とおして催すさまざまなイベントの出演者(ミュージシャンや芸人など)をキャスティングする仕事が丸ごと吹き飛んだ。もちろん、俳優としての仕事もほぼなくなった。
収入は激減。いま2020年を振り返ると通常の年より売上が90%ダウンしたというのだから、その打撃ぶりは想像できるだろう。
そんな危機的状況下で旧知の菊田さんから声がかかった。菊田さんとは「プロレス」を介して知り合った仲。鳴海さん、実はその声量と適確な発音・発声を生かし、プロレスのリングアナとしても活躍してきた。
菊田さんがプロレスイベントを主催したさいに二人は知り合ったのだが、菊田さんの誘い文句「スピーカーになって」には、リングアナとして培った力量から、広く人びとに声をかけ、還元ウオーターとエナジックビジネスを広めていく役割への期待感が込められていたのだった。

■仲間の成功なくして自分の成功ナシ
菊田さんから説明を受け知ったエナジックビジネス。何より感心したのが、「仲間と共に収入を得ていくプログラムだったこと」と、鳴海さんはいう。
「俺がオレが、ではなく、仲間が成功しないと自分の収入にも結びつかないという理念に共鳴しました」と鳴海さんは振り返っている。

こうして販売店登録をしてからまず取り組んだのが、「電解水の徹底活用による関連知識の獲得」だった。幸い? 仕事激減のあおりで、時間はたっぷりあった。そこで、電解促進液を3日で1本消費したこともある、というくらい、連日、自宅で5種類の水を使いまくった。なぜなら「その活用法や効果などを知らないまま、レべラックを人に紹介できませんから」という。
さらに、感染症対策を徹底しながら開かれた少人数セミナーに知り合いを連れていったり、自らも参加して学んだり、と活動を活発化させた。こうした努力が実って、正味1年で6Aに到達したのだ。感想を聞くと、「もちろんうれしいのですが、あくまで通過点です。目標はやはり6A2-3」と鳴海さんは力を込めて語った。
加えて、「今後は声をかけた人たちが意欲を持って販売店活動に取り組み、ランクアップしてもらえるよう育成にも力を入れたい」と、メンバーを思う気持ちを吐露していた。すでに、最初に誘った人は5Aに到達している。鳴海さんのリーダーシップはみごとに発揮されつつある。