信頼し合って共に伝 える「情けの報せ」の真髄!

奥野百合子(富山県)児島三奈子(愛媛県)

居住地が、児島さんは愛媛県宇和島市で奥野さんが富山県富山市と離れていても、一緒に取り上げる理由は明らかだ。児島さんから直接、奥野さんにエナジック情報が伝わり、その後も密に連絡を取り合ってビジネスに取り組んできたからだ。
 児島さんが会員登録したのは2020年3月だった。「自分から会社に電話して申し込みました」という。理由は「大城会長の“予感”とコロナ禍」だった。実は児島さん、16年前までエナジック販売店として活動し、6Aに達したことがある。退会届けを出して辞めていたのだが、2020年初頭に横浜港に寄港したクルーズ船のコロナ感染が大騒ぎになったころ、以前、大城会長が講演会で「21世紀はウイルスとの戦いだ」と語っていたことを思い出したのだという。
 そして、ウイルス̶コロナ―強酸性電解水と連想し、「来たな! エナジックだ!」と直感。以前からある自分の会社の“新規部門”として「エナジックのフランチャイズのつもり」で販売店活動を再スタートさせたという。
 こうして1Aから始めたのだが、電解水に関する理解はあったものの、長いブランクで販売店活動のノウハウは不十分だった。「そんな状態のわたしを応援してくれたのが、松橋本部長を始めエナジック社員の皆さんで、たいへん助けられました。わたしは単にエナジック情報をお伝えしただけのことなのです」と、彼女は振り返っている。ちなみに奥野さんも社員の支援に謝意を表明していた。

松本弘智エナジックジャパン社長から
6A認定証を授与される奥野さん

■エナジック情報を精力的に伝達
 松橋正人グローバル営業開発推進本部長などエナジック社員の助力を得ながら、児島さんは知人友人にエナジック情報の伝達を開始した。その対象者の一人が、以前、同じ仕事をしていたことのある旧知の奥野さんだった。
 しかし奥野さんは当初、断り続けたという。児島さんからアプローチがあった2020年当時、奥野さんは富山市内にオフィスを構えて医療関連機器の販売をおこなっていた。
 それだけでなく、過去に他メーカーの電解水生成器を多数販売した経験があり、当時も還元水を使っていたため、「いまさら無用」という対応だった。彼女のガードは堅かったのだ。
 それを変えたのが、レベラックの優れた性能と「大雪の日のエナジック社員の来訪」だったという。いったい何のことか?
 それは、「大雪で交通機関が乱れたにもかかわらず、松橋本部長夫妻が富山までやって来たので驚き感激したこと」というのだ。「そこまでして」と感じ入った奥野さんは2020年12月に会員登録をおこない、販売店活動を始めたのだった。
 こうして知人友人やかつての仕事仲間に「情けの報せ」を精力的に伝えるようになり、レベラックを設置した富山市内の事務所は、格好のセミナー会場になった。さらにあちこちへ出向きエネルギッシュに展開していった。
 それはいまでも変わらず、たとえばこの年初からは自ら車を運転して、石川県まで2日に1回ほど出張し、少人数を対象にセミナーをおこなっている。「疲れませんか?」と聞くと、「仕事が大好きでまったく苦になりません」とかえってきた。5人の孫がいる奥野さんだが、何とも意気軒高だ。
 「北陸地方にエナジックビジネスを広めてくれた奥野さんには心からありがとうと伝えたい」と、紹介者の児島さんは語っている。

奥野さんのオフィスで開催中のセミナー
(講師は松橋正人本部長)

■高い目標を持って活動を展開中
 一方、児島さんの地元四国でも近々、6A販売店が誕生する見込みで、「エナジック情報が伝わっていく実感がしてワクワクしています」という。彼女から奥野さんへつながったラインは、昨年12月号の本欄で紹介した水野ひとみさんにリンクしていった。
 そこからさらに広まり、いまや北海道、東京、九州へと「情けの和」は広がり続けている。
 そんな児島さんを「本当に頼りになる人」という奥野さんは、仲間のランクアップを図りながら、6A2-3に達することを目標にしている。
 6A到達は通過点と捉えて、それぞれに遠大な構想を抱き、販売店活動に取り組んでいる児島さんと奥野さんだが、期せずして「エナジックに縁をしてよかった」という一言で話を締めくくった。二人は揃って、まさにエナジックで人生を変えつつあるのだろう。

仲間たちと共に(新大阪プラザにて)