タクシードライバー転じて”情けの報せ”の熱き伝道者に!

菊田康彦(東京都)

 菊田さんの「デイリーコンパッション」は、1月8日に300回目を迎えた。これは、「情けの日報」とでも訳せばいいのか、エナジックの基本理念である「The Circle of “Compassion”」(情けの和)をもじったLineのタイトルだ。

 菊田さんは去年の3月11日から、毎朝Lineを通じて、約40人の仲間や知人にその日の自分の予定のほか、エナジック情報や電解水のことなどから時事的な話題までを書いて送っている。その目的は「情報の共有のほか、予定を書いておくことで仲間とのやりとりがスムーズにいくし、自分自身を律する意味もあります」という。

 このデイリー今パッションを始めた頃こそ、菊田さんがエナジックビジネスに力を入れるようになった時期でもある。そのキッカケは「交通事故」がもたらした。 

 菊田さんの元々の職業は整体師である。腕が良く評判を呼んで、各地のホテルやかんぽの宿などから「整体院を開いてほしい」という依頼を受けるようになった。要望に応えて出店を続け、最盛期の2009年当時には、全国に20ヵ所もの整体院を運営するまでになった。絶頂期だった。

 しかし事態は海外進出と共に暗転する。誘われてマレーシアに店を出したことがアダとなって負債が膨らみ、ついにすべての整体院を手放すことになったのである。そして50歳を迎えた2013年からタクシー運転手に転換した。

 以来6年を経て、2019年4月に販売店登録をした。知り合いを通じて会った石井恵子さん(6A18-5)の話を聞き、納得して踏み切ったのだ。だが当初は、ビジネスに熱を入れていたわけではなかった。タクシードライバーという本職があったからだ。

 しかし昨年2月6日の交通事故で右手に後遺症が出て運転が困難になった。ドライバーは休職せざるを得なくなり一気に収入減に見舞われた。しかし、大学進学の決まった高校3年の長女と中学2年の次女の学費一つとっても、生半可な額ではない。この経済的危機が、菊田さんのエナジックビジネスの取り組みを後押ししたのだった。

 その後まもなく「コロナ禍」が深刻になってタクシー業界は大打撃を受けたため、菊田さんは後にm「販売店登録をしていたことが救いになった」と語っている。

目標は仲間の早期6A達成!

 それ以降、菊田さんは販売店活動に熱心に取り組むようになった。たとえば地下鉄の定期券を購入し、アポイントをその沿線で組むようにしたり、石井グループのセミナーがある日もない日もエナジック東京サロンに通い続けたり。

 「ほぼ毎日通って、アポ取りやチームの仲間と語りあうことに時期を費やしました」と、菊田さんは振り返っている。

 昨年4月7日に政府から緊急事態宣言が出されて、東京サロンが使えなくなったさいには、「デイリーコンパッション」のような各種のSNSを駆使して活動を維持させた。そうこうするうちに有望なダウンの仲間が現れて、実質、半年の活動でランクは1Aから一気に5Aへとアップしていった。

 こうして年初に6Aに到達したのである。菊田さんは「とてもうれしいことです。でもこれはみなチームの仲間たちと、石井恵子さんや石井聖一さん(6A5-4)始めアップラインの皆さんの応援のおかげです」と感謝の気持ちを忘れていはいない。

 そして沖縄での認定証授与。大城博成会長から認定証を渡された時、「日本を盛り上げてほしい」と声をかけられ、「感激し、いっそう意欲が高まりました」と菊田さんは語っている。

 目標は「1年以内に6A2-3に達する」こと。そのため「大切な仲間に一人でも多く6Aに達してもらうよう全力を挙げます」と決意を新たにしている。持ち前の豊かなコンパッション(情け)に、ますます磨きがかかることだろう。